silentdogの 詩と昼寝

詩をおいてるばしょ。更新はきまぐれ。

冬の野

 

守銭奴といわれてもいい

風のよく通るみちをあるき

行きすがら

人をだましたり

獣を撃ち殺して剥いだり

かねになる悉くを

やってきたのに

なんの理屈でこの身を飾ろう

そうではないと

どの口が言える

どのつめの先からも

血が噴き出している

岩肌を引っ掻くようにして

かき集めたけれど

膨大な足りなさに焦燥している

その空虚さのむこうがわから

ながれてくる風が

するどく冷たくわたしの体に刺さる

このかねで

つながりうるかぎりのつながりを

一身にあびている

いまこのときも

身ぐるみ剥がれるときは

近づいてきている

おそろしい

おそろしいことに

わたしは何も得ていない

得ることは得がたい

失うだけ失ってからはたと気づく

だというのに、何をそんなに溜め込んでいるの?

それが守銭奴といわれる所以じゃないか?

そういわれてもしかたがない

 

 

こずえ

 

 

双眼鏡はふしぎ
ふたつのレンズをのぞくと
遠くにひとつ
鮮明な領域をもつことができる


だれにも知られないように
とても早い朝に
わたしは森にでかけていって
観測小屋にはいって
そらにひらけた木々の梢をのぞく
わたしのための領域に
何かとびこんでこないだろうか
息をひそかに
けれどこない
ただ、甘い色の光でいっぱいの楕円の中に
透明に風にゆれる、
だれにも笑われない場所でただゆれる、
青枝がうたっているのを見るばかり

 

 

 

よづりの愉しみ

 

わたしの好きな時間といったら
16:45からはじまる15分間だ

みんなが仕事を終えて
それぞれの車で夕陽にきらきらする港へ向かうのを
見送るとき

事務所の涼しい陰で
斉藤さんたちとお菓子をつまみながら
課長が工場の戸締まりを全部終えて帰ってくるのをまつとき

その課長が鍵をしめて
やはり港へ向かうのを見送るとき

そうやってだんだんと
夕闇が冷えてゆくときだ

鉄を加工して
手から手へとそれを運ぶ作業だから
ヘルニアも多いし
難聴も多いし結石もおおくて
休憩時間となると通院の話
それ以外は朝から夕方まで
ない筋肉をおぎなうみたいな乱暴な受け答えとか
ぎすぎすとした言葉のやりとりで
一触即発の緊張状態なんだけど
でも定時のあのサイレンが鳴り響いて
わらわらとタイムカードを切ってしまえば
うそみたいに仲良く
夕陽に顔をあかく照らされながら
日が暮れるのも構わずたっぷり
釣りを楽しむらしい

もうすぐ港について
釣り道具を用意して
糸を垂らすことだろう
ずらりと並んだ背中はきっと
かわいらしいだろう
釣ったのを写真にとって
ものさしで測って
みんなに見せてまわって
最後にトランクの簡易キッチンでさばいて
お醤油かけてつるっとやって
楽しいんだろうね
楽しいんだ
こんな塩くさい
錆の匂いがしみついた工場の
すさんだ言葉にまみれた一日の終わりには
ちゃんとあるんだ
滑らかな円のような時間が

徐々に焼けてゆく西の空
時計の秒針の音だけがひびく事務所で
あんみつを食べに行く約束をしたりする
そうだ、わたしにもある
こういう時間
それが、その15分間

 

 

 

 

***

 

8月に帰省し、以前働いていた職場の方の何人かとお茶してきました。とても楽しくて嬉しいひとときでした。色々と懐かしい話をしたりして、当時の風景が目に浮かぶようでした。

私はとにかく失敗の多い人間で、怖くて仕事に着けない無職時代があったのですが、その職場に入ってからは約5年勤めることができました。小さな会社で、荒っぽくて、でも気のいい人たちが三十人ほどいました。叱ってくれたり、助けてくれたり。引っ込み思案で打たれ弱い私を鍛えてくださった先輩たちに、いまも本当に感謝しています。

港町だったせいか、みなさん夕方には釣りに出かけていたようです。翌朝、事務所に来て、釣った魚の話をよくされていました。事務も職人も役員も混ざって、朝からする釣り談義は、なんとも楽しそうな雰囲気。辛い仕事もありましたが、そういうひとときに助けられていたなぁと思います。

 

夜の魚

 

静かにひきあげると

朽ちた水底の匂いがした

完全武装をしているのに

武器の先端でおきていることの味を

嘗めたことがない

わたしの仕掛けた罠のまわりに

なまぐさい喧嘩がおきて

そうして最後にはばをきかせたのが今

クールボックス

暗い水の中にいる

 

もうすぐ夜が終わる

なぜなら朝の匂いがするからだ

完全遮蔽の箱の中には

その匂いも光も入らない

夜に釣られ夜に閉ざされ

夜に殺される魚の

身体の冷たさを

わたしは帰りの車の中で考える

コンビニエンスストアに寄って

珈琲を買って

明け方の霧を見ながらすする

そのかたわらの

かれの静かな勝利の

うたが満ちている場所、

その温度も伝わらない、わたしの、

この場所

 

 

まちとはいえない

 

 

町とはいえない
とかれらが言った
そうか、町ではなかったのか

 

家とはいえない
とかれらが言った
そうか、家ではないのか

 

ひととは思えない
とかれらが言った
そうか、ひとではなかったのか

 

そこで生まれ、そこで育ち、そこで愛されたわたしは
違うことばの中に生きているのか
わたしの傷は
傷ではないのだ
だとしても
深く痛む

 

本とは呼べない
誰かが捨てた紙束を
わずかにつなぐ綴り糸がゆるい
一枚一枚めくっては
わたしとは違う言葉に
傷ついては泣く午後

 

 

ほたる狩り

 

コルサロを

とおりすぎ

駐車場のかどを

NHKの方へ向かってまがり

そのつきあたりまで

蛍をみにいった

 

まちなかではめずらしいから

見物人もおおい

蛍は人々の陰影の上に高く飛んでいた

上がったと思えば降りてきて

あとを追ったりきまぐれに交差する

いくつもの光の浮遊感が

せまくそうぞうしい暗がりの中のわたしのこころをしめる

口を閉じるのも忘れて見上げつづけた


あの夜

水底の魚たちも

こうして見上げていたのだろう

 

 

みおくり

 

一年のうちのまばらな休日を夏にかきあつめて
伯父たちは父の家にあつまる

夕暮れどき、さりさりが鳴りやまない部屋で
大きな袋を人数分ならべ
竿と糸と針、息をする餌、懐中電灯

かびの生えた軍手と蛾のような浮子
夜に噛むためのするめや酒など
それぞれに入れながら
今日の位置をはなしあう

気が済むまで話し合ったあと
かれらが家をでていく
そのうしろ姿をだまって見送る
道具のこすれる音が遠のいてゆく

その先にある夜の海の光
幾年へてもわたしは
ついて行けない
ドアがバタンと閉められると
もうそれだけで
よづりの愉しみから閉め出されてしまう