silentdogの 詩と昼寝

詩をおいてるばしょ。更新はきまぐれ。

ほたる狩り

 

コルサロを

とおりすぎ

駐車場のかどを

NHKの方へ向かってまがり

そのつきあたりまで

蛍をみにいった

 

まちなかではめずらしいから

見物人もおおい

蛍は人々の陰影の上に高く飛んでいた

上がったと思えば降りてきて

あとを追ったりきまぐれに交差する

いくつもの光の浮遊感が

せまくそうぞうしい暗がりの中のわたしのこころをしめる

口を閉じるのも忘れて見上げつづけた


あの夜

水底の魚たちも

こうして見上げていたのだろう

 

 

みおくり

 

一年のうちのまばらな休日を夏にかきあつめて
伯父たちは父の家にあつまる

夕暮れどき、さりさりが鳴りやまない部屋で
大きな袋を人数分ならべ
竿と糸と針、息をする餌、懐中電灯

かびの生えた軍手と蛾のような浮子
夜に噛むためのするめや酒など
それぞれに入れながら
今日の位置をはなしあう

気が済むまで話し合ったあと
かれらが家をでていく
そのうしろ姿をだまって見送る
道具のこすれる音が遠のいてゆく

その先にある夜の海の光
幾年へてもわたしは
ついて行けない
ドアがバタンと閉められると
もうそれだけで
よづりの愉しみから閉め出されてしまう

 

 

 

ちいさな事件

 

今朝ここで

何が起きたのか

もうわからない

音のない午後に

乾いてゆくその跡が

黒くなっていく

そしてゆうやみに

ならされて

焚かれる香に

あみこまれて

生々しいものはもう

どこにも。

たとえば

その衝撃が

誰かの記憶にとどまりますように

どこかにひっそりとたてられる記念碑が

あるとして

誰がそれを

望んでいたのか

それももう

わからない

 

 

町のはしまで

わたしは早々にわたしから分かれて右に曲がった。わたしは角をまがるたびに、別れを告げて分裂した。気まぐれに曲がり、その度に意志が純粋になるもう一人のわたしを背に、もやもやしながら歩いた。


町には角が無数にある。方眼紙のような町に生きるために生まれたわけではないのに、ここから出て行くため沢山の角をまがり、わたしは増えていた。道すがら、見知った人に会釈する。工事看板を避ける。橋のない水路を飛び越えて渡る。セール品のつまれたワゴンを覗く。パン屋の試食をつまむ。別れた恋人の恋人に見つからぬよう隠れる。そしてわたしは、どうしようもなくここに生きる。


ここに生きるわたしは、今どのくらいいるだろう。ときどき、背後に残してきたわたしが気になった。よこしまで気まぐれなわたしが去った後、わたしは一体どんな言葉を吐いているだろう。


あるとき、通りの向こうに、いつ分裂したのか分からないあるわたしが、犬の横っ腹を蹴っているのが見えた。にくにくしげに。わたしは呆然として、しばらく足が動かなかった。犬を愛してやまないわたしの、いったいどこにあんな感情があったろう。いいやもしかすると、分かれたあとに何かあったのかもしれない。そうに違いない。向こう側に去って行くわたしを眺めながら、わたしはもう、あのわたしを彼と呼ぶしかないのだろう、と思った。まるで知らない道を歩くあのわたしは、わたしとは呼べない。だから、わたしが残してきたわたしはもう、彼なのだ。もはやわたしではないだろう。


けれど、わたしは立ち尽くしながらも、自分の足に感じていた。犬を蹴った感触と、こみあがるようないらだち。わたしは、やはり氾濫した川のような一人なのかもしれない。


いつかどこかで収束するだろうか。氾濫したまま海へなだれこむように、もはや誰でもない他人のようにしか生きられないのか。わたしは、どんどん広がるわたしの中でただ一人、孤独を感じているのだろうか。わたしは歩きながら考える。そして、また気まぐれに曲がる。曲がる直前まで、わたしは何もかもを失ってしまったように感じているのに、曲がった直後、本当に何もかもを失ってしまったように感じる。振り返るのはわたしだけか。犬を蹴った彼も、振り返らずに去っていった。わたしだけなのか。


あの寂しい家で、わたしはただ一人だった。のぞんで家を出たのに、今はみんなに会いたい。とても小さなわたしに収束したい。小さく、町の外で震える日がほしい。わたしは沢山のかれらとともに町をかけぬける美しい筋肉だった。そう誰かに告げることができないとしても。満ち足りたピリオドとして、この町の端に立つことができたら。そんな風にいくら望んでも、わたしはどこまでも、わたしの亜流なのだ。

 

 

この庭の歴史


薔薇によく似たかたちの人々も
やはり争いあうらしいのだ
わたしが見たときはすでに
もっとも薔薇らしかった第一世代は滅び
第二第三世代の世代間戦争の終焉間近であった
第二世代たる薔薇にやや似た人々は
のちの世をいきる人々の根を自分たちに導入して
生き繋ぐことを考えていたようだったが
新しい人々はそれを拒否して自由に
空の方向に上昇していきたがり
根をもつことを拒否してふわ
ふわふわと浮上したがった
求めることと拒むことの間に
埋めようもない真空ができて
そこに沢山の死骸が落ちてゆくのを見た
わたしはだから
春ふくかぜのあたたかさのなかに
彼らの塵、芥を感じるのだった
かれらは世界の淵を降りて
もう一つのコミュニティを作りたがる
わたしの鉢の中の阿鼻叫喚に
生き疲れたなら
そうだ自由にこの土に
這い落ちて、つたのばしてゆけばよいのだ
いずれその指の先から
アンコールの寺院のように夕暮れに
かがやきそびえる街を
延々と建造するだろう彼らの
次の戦場は
この庭なのだろうけれども

 

出現

 

わたしは

命を脱いで

腐敗していた

土とともに島となるまでの過程を

たどろうとしていた

 

火が焚かれ

火がきえた

するとわたしがきえた

 

いま、静かな灰がある

たましいのない夜のなかに

 

音がなだれこむ

たましいのない夜のなかに

 

誰か

火を焚く

 

消える

しかし焚かれる火はある

 

それがわたしだ

 

生きすすむものたちの

寝息にみたされている明け方までは

温度のなかにすまい

次の火のために息をとめてまっているわたしの

それが最後の姿だ