silentdogの 詩と昼寝

詩をおいてるばしょ。更新はきまぐれ。

水温

 

 

コップ一杯の水が

わたしのいない部屋の中で

少しずつ冷えてゆく

長い旅をしたらいい、と言われて

わたしはでかけたのだった


時がたてば

呼吸しない室内も

いきをしはじめる

たとえば

セキレイの走る足音

木の葉が風にすれる音

隣人が去ること

家屋が崩れおちること

ひとつひとつ

波となって

部屋をふるわし

水をゆらし

だから水温は

ひそかに上下する


わたしの不在に

微細な凹凸の歴史をあゆむ水


ある冬わたしが

戻ったとして

その懐かしい部屋に

かわらず水があるとして


するどく冷たい水が

あるとして


するどい、とわたしは思うだろうが

そのときはどうか多めに見てやってくれないか

わたしの帰路のことを何も知らないきみならば

わかってくれるだろう


何もひきずらない

表面で互いにゆるみあう温度こそが

ほんとうのことだ

それを飲んでようやく

帰ってきたのだと思うだろう